①賃料不払い
賃貸借契約は、賃貸人が、賃借物を賃借人に引き渡して、使用収益できるようにする代わりに、賃借人は、賃貸人に賃料を支払うことを内容とする契約(民法601条)ですので、賃料の支払いは、賃借人の基本的な義務といえます。
そして、民法上、債務不履行があった場合には、債権者は、債務者に対して、その履行を催告したうえで、催告後相当期間内に履行がなされないときに、契約を解除できるとされており(民法541条)、これを前提にすると、1日でも賃料の延滞があったときには、催告の上で、賃貸借契約を解除し、明渡しを求めることができるようにも思えます。
しかし、判例上、賃貸借契約は継続的な契約であり、当事者間の信頼関係を基礎とすることを前提に、賃借人に賃料不払があった場合でも、その不払の程度や不払に至った事情によって、いまだ賃貸借契約の基礎となる相互の信頼関係を破壊したものといえない場合には、賃貸借契約の解除はできないとされています(これを「信頼関係破壊の法理」といいます。)。
そして、信頼関係の破壊があったか否かは、賃料滞納の程度、過去の賃料滞納の有無、滞納理由(つい忘れていたのか、資金不足で支払わないのか等)等を考慮して判断されることになります。
例えば、通常、過去に賃料滞納がなく、今回1ヶ月分の賃料を滞納しただけであれば、信頼関係が破壊されたと認定される可能性は低いですが、1ヶ月分の賃料滞納を、正当事由もなく継続している場合は、信頼関係が破壊されたと認定される可能性もあります。
他方、3ヶ月分の賃料を滞納している場合は、つい忘れていたという弁解は通用せず、信頼関係の破壊があったと認定される可能性が高いといえますが、裁判例においては、レストランとして使用していた賃借建物において漏水事故が発生し、その損害賠償につき、賃貸人と交渉中、5ヶ月分の賃料の支払いを滞納していた事案において、賃借人が解除の通知後間もなく未払賃料を支払ったこと、賃借人が賃貸借契約を継続してその営業を続けたい意向であったこと、その他賃借人、保証金の預託、入居時に大金を投じて改装設備をしていた等諸般の事情を考慮し、信頼関係の破壊があったとはいえないとして、解除を否定したものがありますので、解除にあたっては、賃借人側に、賃料滞納を正当化できる事情があるか、滞納の解消に十分誠意を見せているか等、事実関係を確認したうえで、信頼関係の破壊があるか否か、慎重な検討を行う必要があります。
また、市販の建物賃貸借契約書のひな型には、賃借人が2ヶ月ないし3ヶ月賃料不払いがあった場合は、賃貸人は催告なくして賃貸借契約を解除することができる旨の特約規定が見られます(これを「無催告解除特約」といいます。)。
しかし、このような特約があっても、無催告での解除が当然に有効となるわけではなく、最高裁は、かかる特約は、「催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような場合には、無催告で解除権を行使することが許される旨を定めた約定である」と限定解釈をしており、仮に、無催告解除の効力が争われ、無効となる可能性を考えると、無催告解除特約があった場合でも、念のため、催告のうえ解除する方が無難なときもあるかもしれません。
②用法遵守義務違反
賃借人は、契約または賃借物の性質から定まる用法に従って、賃借物を使用する義務があります(民法616条・同594条1項)。
そのため、賃貸人としては、賃借人に用法違反がある場合、相当の期間を定めて違反行為をやめるよう催告し、それでも違反行為が続き、信頼関係が破壊された場合、賃貸借契約を解除することができます。
例えば、賃借人が、2年以上の長期にわたって、居室内に多量のゴミを放置し、賃貸人から火災発生の危険があると注意を再三受けたにもかかわらず、これを改善していないとして、解除を有効と認めた裁判例があります。
また、ペット禁止の特約に反して、ペットを飼っていたことに対して、解除を認めた裁判例がある一方、住宅内の柱や畳等が汚れたり、損傷したことが認められず、近隣居住者に迷惑や損害を与えることはなかったとして、解除を認めなかった裁判例も存在します。
賃借人の問題行動に対して、どのような場合に、信頼関係の破壊があるとして解除が認められるかについては、個別事案ごとのケース・バイ・ケースで、その分水嶺は一義的ではなく、具体的な事実関係を把握したうえで、裁判例の吟味、検討が必要といえます。