M&Aの各種スキームのうち、いずれの手法を用いるかについては、以下のとおり、経営上の観点の他、簿外債務の承継リスクの観点、許認可や契約関係の引継ぎ、紛争予防、必要手続の多寡といった様々な考慮要素が存在するため、法律上の観点から慎重に検討する必要があります。
1.経営上の観点
⑴ 買収対象
まず、会社全部を買収するのか、会社の事業の一部を買収するのかという問題があります。
対象会社又は対象事業の価値をどのように評価するかという経営判断の問題であり、対象会社のブランド力が高い場合などには、会社全部の買収を検討すべきですし、必要な事業以外に不採算な事業が含まれている場合などには必要な一部の事業のみの買収が検討されるべきです。
会社全部の買取であれば、手続きの簡便性等から、まず株式譲渡が、一部の買収であれば、事業譲渡、会社分割が選択肢として挙げられることとなります。
⑵ 買収対価
買収対価は現金であることが一般的ですが、売り手の株主と、買収後も株式を持ち合うことを企図して株式を対価とすることも考えられ(株式を対価とする方法には資金の流出を避けることが出来るというメリットもあります。)、この場合には、吸収合併、吸収分割、株式交換がスキームとして考えられます。
⑶ 経営統合
買収後どのように経営統合を進めていくかについては、効率化の観点等、M&Aによるシナジーを重視するのであれば、合併を選択することになりますが、従業員の賃金体系の統一が困難な場合や将来の売却が想定される場合等、別法人として残す意義がある場合は、株式譲渡による子会社化や持ち株会社の下での緩やかな経営統合が進められることになります。
⑷ 従業員の承継
人件費の増大や人的資源の有効活用が困難なことなどから、対象事業の全ての従業員の承継を望まない場合、会社分割では、労働契約承継法による労働者の保護が図られており、上記意向を実現させることは困難であること、株式譲渡では雇用契約もそのまま残ることから、スキームとしては事業譲渡を選択し、望まない従業員の承継を除外することが考えられます。
2.簿外債務の有無
中小企業においては、例えば未払残業代で多くみられるように、法律解釈の誤りが原因で、経営者の把握できない債務が存在する例も見受けられます。
デューデリジェンスを経ても、未だ簿外債務承継リスクが払拭できない場合、表明保証条項や買収価格の調整で対応するなどして、買い手がリスクを受容する場合もありますが、より抜本的なリスク回避策として、事業譲渡(譲受会社が原則として債務を承継しないことを契約に盛り込む。)を選択することが考えられます(会社分割も選択肢となりますが、分割事業に関する権利義務の特定に留意する必要があります。)。
3.許認可、契約
⑴ 許認可
許認可の種類によっては、事業譲渡、会社分割、合併による承継が困難な場合も少なくないため、経営上必要な許認可がある場合には、承継するための要件を十分調査すべきなのはもちろんのこと、許認可の引継ぎを重視するのであれば、株式取得などによる法人全部の買収を検討することも考えられます。
⑵ 契約関係
承継する事業について、重大な契約相手がおり、その相手方の同意が得られない場合には、契約の承継に当たって個別の同意が必要な事業譲渡は選択肢になりえません。
一方で、事業譲渡以外の手法は、原則として契約関係の承継が可能であるためスキーム選択に与える影響は軽微ですが、契約内容によってはチェンジオブコントロール条項(契約当事者の代表者の変更や株主構成の著しい変動等が、契約の解除事由や期限の利益喪失事由とされているもの)が定められており、相手方の同意が必要な場合がありますので、重要な契約の相手方がいる場合には、法務デューデリジェンスが必須となります。
4.紛争予防
⑴ 株主構成
中小企業の場合、株主名簿が未整備な例も多く、法務デューデリジェンスによっても、対象会社の真の株主が誰か結論を得られないことがあります。
この場合、表明保証条項を設けることで一定の対策にはなりますが、真の株主との潜在的紛争リスクを完全に排除するため、会社分割後の子会社株式取得を選択することも検討すべきです。
⑵ 反対株主の株式買取請求権
合併、会社分割等の組織再編行為等の場合で、簡易手続(分割する総資産や承継する純資産が、当該会社の総資産、純資産の20%以下の場合)を採用できない場合などに、反対株主の株式買取請求権が認められるところ、当事者間で株式の買取価格が定まらない場合には、裁判手続となり、裁判所によって当事者が想定している価格より高額の買取価格が定められる可能性がありますので、コストの面で注意が必要です。
場合によっては、簡易手続が可能となるように、譲渡対象を限定することも検討すべきです。
5.必要手続の多寡
上記のとおり、組織再編行為については、債権者保護手続、事前事後の開示手続などが必要となり、一定の期間を要する一方(特に会社分割においては労働者保護手続きも必要とされています。)、事業譲渡の場合には、契約関係の承継に契約の相手方の個別の同意が必要であり、取引先が多数に上る場合には、煩雑な処理が必要となる等、必要な手続の履践可能性、多寡等もスキーム選択の考慮要素になります。
6.結語
上記のとおり、M&Aスキームの選択には法的な観点から考慮すべき要素が多数ありますが、事業規模が小規模であったり、M&Aとの相手方との個人的関係などから、これらの要素を十分に吟味しないまま、漫然と契約を締結し、後日紛争が発生することも少なくありませんので、M&Aをご検討の際には、弁護士等の専門家にご相談のうえ、適切なスキームの提案を受けることをお勧めいたします。