補償条項は、一方当事者に制約事項の違反などの契約上の義務違反又は表明保証違反があった場合に、他方当事者が被った損害等を補填する条項であり、補償額の上限、下限や期間制限、補償を請求するための手続き等を定めることで、当事者間のリスク分配機能を有するものであることから、その定め方には注意が必要です。
例えば、補償額の下限の定め方であれば、僅少な金額で請求が頻発する煩わしさを回避する観点からは、各請求ごとに下限金額を定めることが考えられますが、各請求を合算した場合に相当な損害となる可能性もあるため、合算した金額が一定の金額を超えた場合には、全額の請求をすることができる旨の条項を定めることも検討すべきです。
また、補償期間が短いと、契約上の義務違反又は表明保証違反があったかどうか判明しない場合が多いため、買主としては、短くても、対象会社の決算期をまたぐように期間を設けることを検討すべきでしょう。
さらに、補償に関する手続きについては、例えば、買収した対象会社が製造・販売等を行っている製品について、第三者から知的財産権の侵害を理由に差止請求や損害賠償請求等を受け、訴訟において買主が敗訴して、その補償を売主に求める場合、買主としては、仮に訴訟に敗訴しても、損害について売主に補償を求めることができるため買主が十分な訴訟活動を行わないリスクがあるため、かかるリスクを回避するために、売主としては、買主が補償の対象になりうる事項に関して第三者との訴訟に巻き込まれた場合には、売主が買主による訴訟追行をコントロール又は訴訟追行に関与できる旨の規定を置くことが考えられます。
また、補償条項に基づき補償を請求するために、違反があった当事者の帰責性が必要とされるかが問題となります。
契約上の義務違反があった場合の補償請求の法的性質については民法上の債務不履行責任と解されるため、違反当事者の帰責性が必要とされるものと考えられますが、表明保証違反があった場合の補償請求では、表明保証の法的性質を損害担保契約と解する見解も多く、この場合には、当事者の帰責性は必要ないと解されます。
一方で、売り主の表明責任違反に関する買主の主観的事情が、補償請求の可否に影響を与えるかについては、統一的な見解は示されていないものの、売主の表明補償違反を理由とする買主の売主に対する補償請求がなされた事案において、裁判所は、「原告(買主)が被告(売主)らが本件表明保証を行った事項に関して違反していることについて善意であることが原告(買主)の重大な過失に基づくと認められる場合には、公平の見地に照らし、悪意の場合と同視し、被告(売主)らは本件表明保証責任を免れると解する余地がある。」と判示しており(東京地判平成18年1月17日判決)買主に悪意又は重過失がある場合には補償請求が制限される可能性があります。
そのため、買主としては、認識済みのリスクについては、漫然と補償条項や表明保証条項があるからと安心すべきではなく、買収価格に反映したり、取引実行までにその治癒を要求すること、または当該リスクについては、他の補償条項とは別個の特別補償条項を規定するなどの対策をする必要があります。